この記事は当院院長執筆の2018年3月27日サライ.jp掲載記事「骨が弱ると免疫も下がる!健康長寿と「骨」との知られざる関係【予防医療の最前線】」より転載したものを元に加筆・修正したものです。
文/中村康宏
骨は体を支える骨格としての役割がありますが、実はその他にも2つの大きな役割を果たしているのをご存知でしょうか? 一つは「重力のセンサー」としての役割、もう一つは「免疫機能のコントロール」としての役割です。そしてこれらはともに、健康に長生きするためには欠かせないものなのです。
そこで今回は、人体にとって骨が果たしている、知られざる機能について紹介します。
* * *
実は、骨は生涯を通じて常に生まれ変わっています。骨には「骨芽細胞(骨を作る)」と「破骨細胞(骨を壊す)」の2つの異なる細胞が存在し、骨を壊した分だけ新しく作るという不思議な現象があります。そうして骨はいつも一定量に保たれているのです。
このバランスは、ホルモンや他の組織・細胞によって複雑に制御を受けて保たれています。このバランスが崩れると、骨粗しょう症といった骨折しやすい状態が発生するのです。
■骨は重力のセンサー
骨は体を支える骨格としての機能の他に、重力を感じるセンサーとしての役割もあります。その役割がわかる典型例は、宇宙飛行に伴う骨密度の減少です。
宇宙飛行を1ヶ月行うと、腕の骨の骨密度は変化しませんが、足の骨は骨密度が1.5%減少するといいます(※1)。これは実に、骨粗しょう症の10倍のスピードです。
つまり、もともと地上において重力による負荷があまりかからない上半身の骨については、宇宙飛行で重力が取り除かれた場合でも骨密度に及ぼす影響はわずかですが、いっぽうで重力の付加がかかっている下半身の骨は、重力負荷がなくなると著しい骨密度の減少をもたらすのです。このことから、骨は重力のセンサーとしての役割があることがわかります。
■骨は負荷をかけると強くなる
体を支える下半身の骨が上半身の骨と比較し大きく形成されます。このことから「重さ」が骨組織の形成に影響していることが分かります。さらに負荷をかけることで、骨量が増加することも実験的に知られています(※2)。
しかも興味深いことに、運動の種類(骨にかかる負荷)の違いによって、アスリートの骨密度は異なるのです。バスケットボールやバレーボールの選手は、一般人と比較し骨密度が高いことが知られていますが、重力による負荷が少ない水泳選手は、筋肉量が多いにもかかわらず、骨密度は一般人と変わらないと報告されています(※3)。
逆に、骨に負荷がかからないと骨は劣化します。長期の入院は、起立姿勢や歩行によって生じる骨への刺激を減らすため、宇宙環境にいるのと同様に骨量が減少します。それだけでなく、筋力低下も招くため、転倒しやすくなり、骨折での再入院率や寝たきりになる状態を著しく増加させる悪循環に陥ります。
そのため、運動不足・長期入院・寝たきり状態は、ともに健康寿命を短縮させる要因として臨床的に大きな問題となっているのです。
■骨と免疫は関係する
骨を作る「骨芽細胞」は筋肉や脂肪と同じ類の細胞ですが、骨を壊す「破骨細胞」は血液の細胞と親戚同士です。骨の代謝と免疫反応のメカニズムは共通するところが多いのです。
骨粗しょう症患者には免疫異常があるのではないかという仮説が20年も前から存在し、加齢による変化に加えて骨粗鬆症が免疫機能の低下に関与している可能性が指摘されていました(※4)。そして2000年代に、関節リウマチにおける骨破壊メカニズムが明らかにされたことで、骨と免疫系の関係がクローズアップされ「骨免疫学」という研究分野が誕生し注目を集めています。
■骨が弱ると免疫力が落ちる
さらに宇宙飛行士や寝たきり状態では、免疫不全(免疫力低下)が引き起こされることがわかっています。つまり、骨の「重力センサー」に刺激が入らないと、骨の異常だけでなく免疫異常や代謝異常も合併する可能性があるのです。
これを裏付けるように、近年の研究で、骨芽細胞や破骨細胞といった細胞が、骨髄の中にある造血幹細胞にも影響を与え、血液を作る細胞(幹細胞)のコントロールしていることが明らかになっています(※5)。さらに、リンパ球の免疫反応においても、骨芽細胞の関与が示唆されています(※6)。
今回は骨が備えている「重力のセンサー」と「免疫機能のコントロール」という2つの役割について説明しました。骨が弱ると全身も弱ります。日々の重力や運動などの負荷が骨全体に張り巡らされた骨細胞を刺激することで、強い免疫と健全な骨格の保持が可能となるのです。
健康寿命を伸ばすための秘訣は「骨」にあります。運動を心がけて、健全な体を手に入れましょう。
【参考文献】
1.N Engl J Med 1994: 331; 1056-61.
2.Arch Otolaryngol Head Neck Surg. 2003: 129; 889-93.
3.理学療法 2014: 41; 456-461.
4.日本老年医学界誌 1983: 20; 485-90.
5.Cell Stem Cell 2013: 12: 737-47.
6.J Bone Mine. Res 2012: 27; 1451-61.